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大阪地方裁判所 昭和34年(ワ)3115号 判決

原告 株式会社エンヂエル商会 (旧商号株式会社ワイ畑商会)

右代表者代表取締役 加藤隆

右訴訟代理人弁護士 清水嘉市

右訴訟復代理人弁護士 原田甫

同 喜治栄一郎

被告 リツチモンド株式会社

右代表者代表取締役 富山荘三

右訴訟代理人弁護士 間狩宥遵

同 間狩昭

主文

被告は原告に対し金一六三、九二四円およびこれに対する昭和三四年七月八日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告勝訴部分に限り、金五〇、〇〇〇円の担保をたてることを条件に仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金一六四、三三八円およびこれに対する昭和三四年七月八日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに、担保を条件とする仮執行の宣言を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

「一、原告は食糧品および雑貨の輸出入並びにその国内販売を業とする会社であり、被告は金融並びに食糧品等の売買を業とする会社である。

二、昭和三四年四月二五日、当時の原告代表取締役畑こと渡部俊雄は、被告方において、被告の会長(代表者)訴外富山カウとその営業を担当していた専務取締役近藤作太郎から、みかん夏みかん混合輸出向罐詰五号罐四ダース入り三〇〇箱を輸出用として代金四八六、〇〇〇円(一箱金一、六二〇円の割合)で売却したい旨の申込みを受けたので、同行していた原告の社員川原得男をしてその旨原告営業所に電話をさせ、原告社員小林幹夫をして直ちに電報で米国の商社訴外アーヴイング・エイ・シブシユニツク商会に右罐詰の買入れ方を打診させたところ、折返し同月二七日同社より代金を金六〇一、二七七円、船積期限を同年五月二五日として買い受ける旨の返電があり、ここに右訴外商会との間に右輸出契約が成立したので原告は即日被告に対し、代金を前記被告申入れの通り、納期を同年五月一五日と定めて被告の前記売買の申込を承諾する旨意思表示をし、ここに原被告間の売買契約も成立した。

三、右訴外商会と原告間、および原告と被告間の本件各売買契約はいずれもいわゆる定期行為であるところ、被告は右期限に本件罐詰を原告に引き渡さなかつたので、これがため原告は左記(一)ないし(三)に述べる通り合計金一六四、三三八円の損害を蒙つた。

(一)、原告は前記訴外商会より、同商会が訴外ヘルカーフツドトレーニング商会に対し、本件罐詰を売り渡した代金一箱につき九ドル一三セント(ニユーヨーク阜頭渡し)から、同商会の買入原価一箱につき七ドル九八セント(買入単価、税金、保険料等の合計)を差し引いた残額一ドル一五セントの三〇〇箱分三四五ドル、これを当時の為替相場一ドル金三六〇円八〇銭の割合で換算した、金一二四、四七六円を債務不履行による損害賠償として支払うべく請求を受け、これを同社に支払つたことにより右同額の損害を受けた。

(二)、輸出する罐詰には新しくレツテルを貼付する必要があるので、原告は本件罐詰に貼付するレツテルを注文し、その代金として金一二、七五〇円を支払い、これと同額の損害を受けた。

(三)、原被告間、および原告と訴外商会間の売買契約が履行されていたとすれば、原告は前記訴外商会に対する売渡代金六〇一、二七七円から、売買契約が履行されなかつたことにより不要となつた(イ)レツテル代金一二、七五〇円、(ロ)荷造費金一一、四〇〇円、(ハ)船積費金六、九五〇円、(ニ)海上運賃金五七、〇六五円、合計金八八、一六五円を控除した残額二七、一一二円の利益を挙げることができた筈であるところ、被告の不履行により右利益を喪失し、これと同額の損害を蒙つた。

四、よつてここに被告に対し、右損害額一六四、三三八円とこれに対する支払命令送達の日の翌日である昭和三四年七月八日から支払いずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。」

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のとおり主張した。

「一、原告が食糧品および雑貨の輸出入並びにその国内販売を業とする会社であり、被告が金融を業とする会社であることは認めるが、被告が、昭和三四年四月二五日、原告に対し本件罐詰の売買の申込みをしたとの原告の主張事実を否認する。被告は同日より同年五月一日までの間に訴外吉永罐詰株式会社から、みかん夏みかん混合罐詰二ダース入り一、二〇〇箱を買い受けたことがあつたので、同年四月二六日、被告の専務取締役近藤作太郎が原告の当時の代表取締役畑こと渡部俊雄に対し電話で右罐詰の時価を問い合わせたところ、同人が右罐詰を買い受けたい意向をもらしたので、右近藤において検査完了後なら売つてもよいと返事したにすぎない。しかるに原告は同月二七日付で一方的に右罐詰に関し原告主張のような内容を記載した注文書と注文請書を送付してきたのであるが、同品は膨脹等のおそれがあり、検査には一ヵ月以上の日時を要する見込みであつたため、被告としては原告の右申込みを承諾するわけにはいかず、注文請書を返送しなかつたのであつて、注文請書に売主が記名押印し買主に返送してはじめて売買契約が成立するとするのが取引上の慣習であるから、結局原告が主張するような売買契約は成立するに至らなかつたのである。

二、仮に本件売買契約が成立しており、被告がその履行をしなかつたものであるとしても、訴外アーヴイング・エイ・シブシユニツク商会と原告間、および原告と被告間の本件各売買契約が定期行為であるとはいえないし、本件罐詰と同種のものは他に多く市販されており、原告は容易に同種の罐詰を他から購入し得たはずであるから原告の蒙つた損害と被告の不履行との間には因果関係がなく、仮にそうでなくても、原告主張の損害額を否認する。

三、以上いずれの点からみても原告の本訴請求は失当である。」

証拠≪省略≫

理由

一、原告が食糧品および雑貨の輸出入並びにその国内販売を業とする会社であり、被告が金融を業とする会社であることは当事者間に争いがない。

二、まず本件売買契約の成立について判断する。

≪証拠省略≫によれば、原告の当時の代表取締役畑こと渡部俊雄とその社員川原得男が、昭和三四年四月二五日、本件みかん夏みかん混合罐詰とズワイガニ罐詰の売買に関する件で被告方を訪れた際、被告の会長富山カウおよびその営業関係を担当していた専務取締役近藤作太郎より本件みかん夏みかん混合罐詰五号罐四ダース入り三〇〇箱を代金四八六、〇〇〇円(一箱につき金一、六二〇円)、納期を同年五月一五日として買い受けてもらいたい、輸出検査は保証するから外国商社に電報を打つて売却してくれないかと売買の申込みを受けたので、渡部俊雄の意を受けた川原得男が被告の電話を用いて原告営業所にその旨を伝え、これを受けた原告の社員小林幹夫が早速米国の商社訴外アーヴイング・エイ・シブシユニツク商会(以下単に訴外商会という。)に対し、後記認定の通りの条件で本件罐詰の買入れ方を電報で照会したところ、折返し同月二七日訴外商会から右条件で買い受ける旨入電があつたので、右渡部俊雄が即日前示近藤作太郎に対し本件罐詰を前示約旨で買い受ける旨電話で伝えるとともに、同日右売買条件等を記載した注文書および注文請書を被告に対し発送した事実を認めることができる。右認定に反する≪証拠省略≫は前掲各証拠に対比して信用できないし、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、被告が、昭和三四年四月二五日原告に対し、外国商社から返電があるまでの承諾期間を定めて本件売買契約の申込みをしたのに対し、原告が同月二七日被告に対し右申込みを承諾する旨の意思表示をしたものというべきであるから、本件売買契約は原告において承諾の意思表示をした同月二七日に、原告主張のとおりの内容で成立したものと解するのが相当である。

もつとも≪証拠省略≫によれば、前示の通り原告が注文書とともに発送した注文請書に被告が捺印の上これを原告に返送しなかつたことが認められるが、前記認定のとおり本件売買契約は同日原告が電話で承諾の意思表示をしたことにより、すでに成立しているものと解せられるのみならず、証人渡部俊雄の証言によれば、注文書および注文請書を交換するのは、原被告間で売買契約の成立を明確にするため昭和三四年二月末日頃から始めたものであるが、現実の売買においては、原告が被告より注文請書の返送を受けないで行われていたことが本件以外にも存在したことが認められるから、右注文請書が原告に返送されていない事実を捉えて本件売買契約の成立を否定することはできない。

被告は注文請書に売主が記名押印した上買主に返送してはじめて売買契約が成立するという商慣習が存する旨主張し≪証拠省略≫には、常識論として注文請書を返送しなければ売買契約が成立しない旨の記載があるけれども、これを右回答の問いに当たる乙第六号証の一の記載と対比すれば右記載は本件のようにすでに口頭により契約が成立している場合のことを考慮に入れずに作成されたものと解せられるところであるから、これをもつて被告主張の商慣習の存在を認めることができず、他にこれを認めるに足る証拠がないから、被告の右主張は採用しがたい。

又本件売買契約は四ダース入り三〇〇箱について成立したものであるところ、≪証拠省略≫によれば、渋沢倉庫に入庫した罐詰はすべて二ダース入りであつたことが認められるが、証人渡部俊雄の証言および原告代表者本人尋問の結果によれば、本件売買契約成立後一週間ほどして訴外富山カウが電話で原告に対し四ダース入りといつていたのが二ダース入りになるからと了解を求めてきた事実を認めることができるので、入庫した罐詰が二ダース入りであつたからといつて、本件売買契約の成立を否定するわけにはいかない。

三、原告と訴外商社間、および原告と被告間の本件各売買契約がいわゆる定期行為であることは、本件弁論の全趣旨および原告代表者本人尋問の結果によつて認められ、本件罐詰の引渡期限である昭和三四年五月一五日に被告が本件罐詰を原告に引き渡さなかつたことは被告において明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなすべく、しかも本件売買契約が商行為であることは前示認定により明らかであるから、買主たる原告および訴外商会において各履行期経過後直ちにその履行を請求した事実について主張のない本件においては、商法第五二五条(訴外商会との関係については更に法例第九条第二項)により、右各売買契約は解除されたものとみなされるわけであつて、原告および訴外商会はそれぞれ被告および原告に対し、右不履行によつて蒙つた損害の賠償を請求しうるものと解するのが相当である。

四、そこで、原告の損害額について考えてみる。

(一)、原告は訴外商会に対し、損害賠償として金一二四、四七六円を支払い、これと同額の損害を蒙つたと主張するので検討する。

≪証拠省略≫によれば原告は訴外商会より得べかりし利益の喪失による損害として原告主張の通り三四五ドルの賠償請求を受けたことが認められ、原告が訴外商会に対してこれが賠償義務を負うことは前説示の通りであるところ、証人渡部俊雄の証言および原告代表者本人尋問の結果に、これにより真正に成立したものと認められる甲第八号証の一、二を考え合わせると、原告が昭和三四年一一月頃、訴外商会に対し右三四五ドルのうち二七七ドル二〇セントを換算率一ドル金三五九円六〇銭の割合で訴外株式会社住友銀行を通じて支払つたことおよび残額についても、その頃原告と訴外商会との間における他の取引で原告が支払いを受けるべき代金債権の一部と対当額において相殺し完済した事実が認められ、右認定に反する証拠はない。ところで相殺した残額の換算率については、原告代表者本人尋問の結果によると原告から支払う場合は一ドル金三六〇円八〇銭ぐらいであつた旨の供述があるけれども、右供述は≪証拠省略≫と対比してたやすく採用することができないところであるから、前掲甲第八号証の一、二に記載された換算率によるほかないところ、これによると原告が訴外商会に支払つた損害額は合計金一二四、〇六二円になることは計算上明らかである。

(二)、原告は本件罐詰の罐に貼付すべきレツテル代として金一二、七五〇円を支払つたことにより、これと同額の損害を蒙つた旨主張するところ、証人渡部俊雄の証言によれば、原告が右レツテル代として金一二、七五〇円を支払つたこと、および本件売買の目的物件であるみかん夏みかん混合罐詰は当時新製品であつて市場に同種の罐詰がほとんどなかつたため、右レツテルを他に流用することができなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はないから、原告は、被告の不履行により右代金相当額の損害を蒙つたといわねばならない。

(三)、よつて原告の得べかりし利益の喪失による損害の主張について検討する。前掲甲第二号証によれば原告と訴外商会間の本件売買代金額が一、六七五ドル八〇セントであることが認められ(右認定に反する証拠がない。)るところ、これを前説示と同一の理由により前掲甲第八号証の一、二による換算率、即ち一ドル金三五九円六〇銭の割合で換算すると、原告主張の金六〇一、二七七円を上まわる金六〇二、六一七円六八銭となることは計算上明らかであり、右金額から、原被告間の本件売買代金四八六、〇〇〇円並びに、原告において不要となつた経費として控除さるべきことを自認する前示レツテル代金一二、七五〇円荷造費金一一、四〇〇円、船積費金六、九五〇円および海上運賃金五七、〇六五円、以上の合計金五七四、一六五円を控除した残額二七、一一二円が、本件売買契約が履行されることによつて原告が得べかりし利益であつたこと、いいかえれば、被告の不履行により原告が喪失した得べかりし利益であつたことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠がない。

(四)、以上認定した通り、被告の本件不履行により原告の蒙つた損害額は合計金一六三、九二四円であり、この損害は本件のような輸出品の売買については通常の損害であると認めるのが相当であるから、被告は原告に対し右損害を賠償する義務があるといわねばならない。

五、被告は、本件罐詰と同種の罐詰を他から容易に購入しえたはずであるから、被告の不履行と原告の損害との間には因果関係がないと主張するけれども、右は独自の見解であつて、当裁判所の採用し得ないところである。

六、そうすると、被告は本件不履行による損害賠償として、原告に対し金一六三、九二四円およびこれに対する支払命令送達の日の翌日である昭和三四年七月八日から支払いずみまで商法所定年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるわけであるから、原告の本訴請求中、右限度の支払いを求める部分を正当として認容し、その余の部分を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条但書を、仮執行の宣言について同法第一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 寺沢栄 喜多村治雄)

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